月経痛の表現について

月経痛がかなり酷い方の人間なのですが、

SNSで「ジョシの痛みを分かって!」と痛みを表現する際の、「殴られ続けているような痛み」にあまりピンときていませんでした。

 

べつに殴られた痛みはないなぁ。と。

今酷く痛むので、冷静に考えて見ました。

 

どちらかというと、下腹部の内臓(子宮?)を握力の強い人にそのまま鷲掴みにされているような、締め付ける痛みに感じます。

 

たまに掴み直します。(一旦緩んでまた締め付けられる)

 

何はともあれ痛いことに変わりはありませんが、「これだな」とピンときたので書き留めておこうと思いました。

 

それと、いつもは薬で抑えているのですが、今回は薬を忘れてしまいそのままの痛みに耐えなければならなくなりました。

どうにも痛みを抑えられず、痛みを紛らわそうと下腹部を力一杯殴っていたのですが、

一瞬痛みが緩和されるような感覚でした。

 

つまり、「ずっと殴られ続けている痛み」というよりは、「ずっと殴っていると緩和される(ような気がする)痛み」ですかね。

 

なんて思いましたが、男性の方々に痛みを共有するつもりはさらさらありません。

女性の中にもこの痛みを共有できない人はいるからです。月経は人によって重みが違います。

「重い人」のことを理解してあげようという気持ちは大切かもしれませんが、

月経=痛くて大変

という偏見も良くないな、と思います。

 

ただ、女性の方でこの痛みに共感してくれる人がいるなら、すこし嬉しいかも、とは思いました。

 

痛い。しんどい。

手帳

高校時代から9か10月始まりで買っていました手帳。

年度始め・年度末がはっきりしている職種上、

12月終わりが不便すぎるのでやめました。

 

いつもこの時期はもう、新しい手帳を買っていて、入り始めた1月〜3月の予定を書き入れていました。

 

いま使っている手帳は9月始まり。

去年の9月や10月の予定を見返すと、1年以上昔の記憶のように思えます。

生活環境が大きく変化したからですね。

今、「毎日新しい仕事」をしているからこそ感じることなのかもしれません。

 

次回はどんな手帳にしようかな。

一年に一度の楽しみ、先延ばし。

 

 

 

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自分の時間の充実

社会人になり、学ぶことだくさんで楽しく生活を送っています。

 

休日の存在しない仕事だからか

「働いてから土日のありがたみを感じる」などとは一切思わなかったですが

最近は、メイクとファッションを楽しんでいます。

 

オフィスカジュアルのような服を持っておらず、4月に10着くらい購入したため、

毎日飽きずにコーディネートして遊んだり、

 

オールインワンで済ませていた基礎化粧品をしっかり揃え、パックまでしたり、

自分に似合うメイクや、肌に合うものを探したり、

朝は早起きしてしっかり時間に余裕をもたせたり。

 

朝の気分が良いと、一日が充実した気分になります。

 

今日は、パックも化粧もしっかりして、

スーツで朝マック

おしゃれなカフェのモーニングではありませんが、

充実を低価格・短時間で手に入れた気分です。

 

今日もがんばろう。

 

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中学校時代を思い出して

自分の中学校時代を最近頻繁に思い返している。

今日は卒業アルバムを見た。

 

クラスメイトに誰がいたか思い出せず、アルバムを見てようやく思い出した。

いま見てみても微妙なクラスだなと思った。

中学が楽しくなかったからこそ、高校をすごく楽しんだ。

だから、忘れていたのだ。

 

嫌われることを恐れ、自分の立ち位置を気にしすぎていたあの頃。

生徒会に立候補しないかと先生に言われても、人望に自信がなく、断ったあの頃。

職員室で笑いを取りにいっていたあの時代。

本当に嫌で仕方ないクラスメイトとのいざこざ。

あの時の私は、先生から見たらどういった生徒だったんだろう。

 

色んな人と仲良くなれる、リーダーシップをとれる人?

 

私からしたらそうではなかったから、生徒会にも立候補しなかったわけです。

もっと自分からアクションを起こせば変わっていたのだろうか。

友人も、環境も。

 

もっと、今も連絡を取れる友人がいたのだろうか。

節目

 

自分の名前が入ったノートがある。

19の誕生日に親に買ってもらったものだ。

 

勿体無いと思って使わずに5年。

 

社会人となった今が、使いどきなのではと思っている。

思ったこと、学んだことを、言葉にして残していくことの大切さ。

忘備録として。

このブログのように、書き留めておきたい。

 

明日から私は、学ばせ、学ぶ立場の人間だという自覚を持とう。

 

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家族のあり方

 

十数年振りに叔父叔母とご飯を食べた。

祖父母と一緒に。

祖父母・叔父叔母・私という不思議な会合だった。

叔母が小さかった頃の話や、叔父が祖父母と初対面した話、私が赤ちゃんだった頃の話、私の父やもう一人の祖母の話…

沢山の話をして、沢山笑った。

 

近所に親戚がいない私には、あまりこういった食事会の機会はない。

叔父もそうだったらしく、しきりに感動していた。 

 

祖父母が旅立ってしまったら、という話もした。

悲しいが、必ずそういう日が来るんだなと思った。叔父叔母はその準備をしていた。

 

いい関係なんだと思った。

 

私もその関係の中に少し入れたのが、とても感動した。

「またみんなで会えたらいいのにね」

最期が近付いていたり、私が大人になってしまったから、難しいということは、みんな分かっている。

 

それでも、みんなで会いたいなと思った。

仲良しでとても良い関係の夫婦だった。

 

嬉しくて寂しい夜だった。

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将来に今思うこと

 

不安しかありません。 

 

このまま私は大人になってしまう。

大丈夫なのか、と漠然と不安に思います。

 

こんなに不安なことは中々ないなと思っていたのですが、よくよく思い出してみると、

ことあるごとに不安がっているような気がします。

 

免許合宿の3日前から他の人と仲良くなれるのか不安になったり、

サークルに馴染めず、イベント毎に不安にかられたり、…

受験時代は不安がより多かったように思います。

 

だから、実は大丈夫なのかもしれません。

なんとかなるのかもしれない。

それでも今は、少しだけ新しい環境の始まりを感じ、未来に不安のみを抱いています。

 

新たな生活が始まるということは、今いる場所からは巣立つことになります。

 

来年度もまた、仲良くしてくれるような友人は作れただろうか。

諦めそうになったとき、誰を頼れば良いのだろうか。

別れが近付く度にそんなことを思います。

女々しいですね。

 

「卒業してもよろしく」と言ってしまえれば良いかもしれません。

「私たち、卒業しても友達だよね?」なんて確認が、本当に取れるなら使ってもかもしれませんね。

不確定な未来についての言動を毛嫌いしていましたが、前者は前向きな、これからも付き合っていこうという積極的な姿勢があって良いのかも。

「サークルが同じだから」喋っていたのではなく、「あなただから」喋っていたんだよ。

そういった気持ちでこれからも友人付き合いが続くよう、私が努力してみようと思い始めています。

 

不安な将来についても、積極的に、

自ら行動する姿勢が大切だということを今日の研修で学んだところでした。

 

何にせよ、まずは卒業までの期間を大切に。

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